2017-07

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続・自信とはなんぞや

・・・・・・話を続ける。

さっきのところまでは、「能力」に関しての話だった。

今度は「価値」について考える。

でも「価値」ってすごくよくわかんないものだと思う。個人的に。

「価値がある」って言う場合の意味はなんとなくわかるけど、「価値」そのものについてはなんて説明したらいいかさっぱりわからん。

よし、辞書を引いてみよう。ほんとはこんなことしちゃいけないんだけど。

自分で定義を考えるべきなんだけど。

でもこれに関してはほんと私にはどうしようもないから、いいや。やっちゃう。

「値段、値打ち。財貨が欲望を満たす性質。財の一定量が他財の一定量と換えられる度合い。

対象が主観の要求を満たす性質。また、精神行為の目標とみなされるもの。」

(引用は同上)

いやだから難しいって。前半は経済的な意味で、後半は哲学的な意味らしい。

値段とか言われるとな・・・基準がお金っていうのはすごくわかりやすいんだけどね。

人間の価値っていうか、労働的な意味での価値はそれで換算されて、その結果が給料なんだろうし。

でもそれが嫌です。全面的に拒否します。

なにかと交換されることで定められる価値って、逆に言えば交換されなければ価値がないってことにならない?

経済の話をする時はしょうがないけど、でもそれが人間にとって価値のすべてとは言っちゃまずいでしょ。

人間の価値が金銭のみを基準に決められるのは絶対に嫌なので、経済的な部分はスルーしていいですか?しますよ?



とはいえ、後半。表現が難しいんですけど。

あるものが、ある人の要求を満たすようなことをする。そういう性質が「価値」で、それを持っていれば「価値がある」ってことになる・・・のか?

そういう意味で合ってるのかな。よくわかんないな。

でもまあ、言いたいことはわかるような気がする。

ある要求を満たすような「あるもの」がある。そしてそのある要求を満たして欲しい人がいる。

そうしたら、その人にとってその「あるもの」は、価値があるってことになるんだ。

そういうことですね。

・・・・・・。

明らかに需要と供給の関係ですが、まあそれは経済の話に限ったことじゃないと思うので、特につっこまないで次行きます。

「精神行為の目標とみなされるもの」っていうのは、まあわかる・・・かな?

ん?目標?・・・そんなこと最近やったぞ、卒論で。ニコマコスで。

そうだ、卒論で「人間の最終的な目的=幸福=最高善」ってやった。

それで最高善っていうのはたぶん、最も価値のあるものである・・・って定義なかったっけ?

言ってなかったかな・・・うーん。思い出せませんな。手元にないし。

ああでも、あらゆるもののなかで善が価値があって、最も善いものが最も価値があるっていう考え方はアリか。

え?ない・・・かな。ダメかな。ニコマコスで言ってないにしてもそういう考え方があるのは認めてもいいような。

そもそもニコマコスしかちゃんと読んでないし、ニコマコスすら全部読んだわけじゃないからここばっかり突いてもしょうがないんだが・・・。

でも「人間が本当に求めているもの」っていうのは、つまり最も価値のあるものになるだろうから、「精神行為の目標」は合ってると思う。

ここまでのことから、「価値がある」っていうことは「追求する対象である」っていうことと同じことだと思われる。

要するに、求められるからこそ価値がある・・・ってことかな。

誰にも見向きされないし、欲しいと思われないようなものには「価値が無い」って考えていい、と。

ちょっと嫌な話になってきたけど、基本的にはそう言っていいのかな。

で、「価値がある」ってわかっていれば、それは「自信」の源になって、その人が「自信」を持つ根拠になる。

そういうことだと思う。

これは経済的な部分って言ったところでも同じで、「交換したい」って思われるということは、「欲しい」って思われてるということになるから、まあ価値判断の基準って人間の欲求なのかね。

それで、欲求を満たすようなものに価値がある、と。



「能力」と「価値」の面から考えてきたが、要するに前者は主観的な「自信」で後者は客観的な「自信」になるんじゃないかなあ、と思う。

「能力」は・・・まあ、他人に認められるっていうこともあるけど。

でも結局それを自分で知っていなければ自信につながらないと思うから、やっぱり「自己肯定」ってことじゃないかと思う。

「価値」については、「求められるものに価値がある」って言った時点で、他者の視線が入る。

交換の対象になったり、誰かから求められたりすることで、「他者に肯定される」と自信になるということだと思う。

あ、なんか上手くまとまってきたような・・・気のせいかな。

でも「自信」には自分と他人が肯定してくれることが関係ある、っていうように考えていいと思う。

ああほら、教育でも「褒めて伸ばす」とか言うし。「褒める」っていうのは肯定してあげることだから、そりゃあ自信がついて伸びるって話ですよね。

・・・まあそこはいいや。とりあえずは。

結論としては、自信っていうのは、「自分への肯定」でいいかな。そんな感じで。

自分とか、他の誰かが自分のどこかを認めてくれる。自分のどこかに価値があると言ってくれること。

そういうことで、いいかな。






問題はどうやって認めてもらうか、肯定してもらうかってところなんだけど・・・。

いろんなことに挑戦してなにかしら結果を出すっていうのが一番だよね・・・。

あと、自分のそういう部分を周囲に見せておかないと。そうしないと肯定してもらえない。褒めてもらえない。

・・・あー・・・・・・そんなの今まで生きててほとんどやってないよ!?

だって人見知り激しくて引っ込み思案で目立つの嫌いだもの!

表に出ないようにして生きてきたのに、なにかしら認めてもらえるはずあるかー!

だってなにも見せてないしね!

それで怠惰な性格だから、なにかに挑戦とかもしてないし!

まあ「挑戦する」ってことがリアルに苦手なんですけど!

失敗したときのダメージが怖くてね。だってそのダメージが大きくて、自分が弱いってわかってたら回避するもんでしょ。

そういうわけで、私に自信がない理由がこの上なくよくわかった。

まあ半分以上ちゃんと考える前にわかってたことですがね。

でもだからこそ、今から自信をつけるようにすべき・・・だけどなにをやればいいのか。

自信・・・そんな得体の知れないもの持てるか!って今でも思ってるところあるし。

頭ではわかってても、心の方がねー。

ていうより、「だからどうした」精神か。

今までの自分に自信がなくて、自分の価値を証明できないから、自信を持てるようになるべきだっていうのはわかってるけど、それでもそういうのが自分なんだよ、っていう。

そんなネガティブな自己肯定。

そうそう、そういう変な自己肯定の気持ちがあるから、素直に色々活動できない・・・のか、な?

まあ要因のひとつであるとは認めよう。

そもそも挑戦しようっていう精神がないから、しょうがないけど。

あ、でも挑戦しないのは、挑戦することによるメリットを実体験的に知らないからってこと?

・・・だんだん言い訳が増えてきたから、ここまでで止めておこう。うん。

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鈍色

Author:鈍色
鈍色だったり丼だったりYOUだったり、と場所によって名前が変わってます。でもだいたい丼と名乗る。
本と漫画とゲームをこよなく愛しつつ、しかし時折拒絶反応が出て、なおかつ活字中毒症状が出て死にそうになります。
歴史とか神話とか宗教とか大好きです。
哲学無き人生は無意味。とか言ってみる。

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