2017-07

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自分が一番わからない

バイト中、自分が本当はなにがしたいのかを考えていた。めっちゃ忙しかったけど。

たとえば。

私は本が大好きだ。

だから就職するなら出版関係の仕事をしてみたいと思った。

しかし編集にはそこまで心は惹かれず、別に事務でいいと思っていた。

それならどんな会社でもいいじゃないか。そういう結論になる。

しかしこれは会社に就職するならの話だ。

実際、自分がしたいこととはなんなのか。

やってみたいことはある。

もしも自分が作家になって、それで食っていけたら。

そう考えたこともある。

しかしこれは本気で考えたことなのだろうか。

ただ、今この状況が嫌で嫌でしょうがないからではないのか。

会社勤めなど嫌だ。

そういう気持ちがあって、こんな夢想をしたと考えられる。

これは、もし宇宙に行けたら、と考えるのと同じくらいの話だ。

私は自分になにもないから、なにかを創り出すことに憧れているだけだ。

自分でそう結論した。

しかし、この夢想は消えない。

そんなことができたら、楽しいかもしれない。

そう思ってしまう。

だが、本気でない可能性のが高いのだ。

なぜなら私は、まとまった文章を完成させるほどの技術を持たず、努力もしてこなかったからだ。

本当にやりたいなら、日常の中で実行しているはずなのだ。

だから、自分が本当はなにがしたいのかと聞かれると、そんなものはないと思うと答えるしかない。

すべては推測だ。

それに今まで楽な生き方を選んで、いや、なんとなくそちらへ流れてきた私が、ここにきてなにを考えているのか。

また流されて終わりじゃないのか。

ここで、初めて私はどうやって生きていきたいかという問題にぶち当たった。

今まできちんと考えてなかったツケがまわってきたわけだ。

馬鹿だ。

もっとはやくから、きちんとものを考えておくべきだった。

後悔先にたたず。

それでも私は、悩むことや苦しいこと、面倒なことを後回しにしてしまう。

どうすればいいのか。

やりたいこてなど見つからない。

見つかったとして、決断し実行する勇気もない。

大胆な行動などできない。

自分の性格は、長年の付き合いからある程度は把握しているものの、非常に憎らしく感じる。

しかし変わろうとしない自分に安堵したりもした。

私は今の自分に執着というか、こだわりすぎじゃないのか?

適当に曖昧に生きる自分を、情けなく思いつつそれが自分だとむりやり肯定してきたのではないか?

なんとも情けない限りだが、事実のように感じる。

ではどうしようか。

そうだ。それを考えなければならないのだ。

そのための指標が「やりたいこと」だ。

やはり現状打破にはそれが不可欠なのか。

だがそれも判断がつかない。

完全な手詰まりである。
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Author:鈍色
鈍色だったり丼だったりYOUだったり、と場所によって名前が変わってます。でもだいたい丼と名乗る。
本と漫画とゲームをこよなく愛しつつ、しかし時折拒絶反応が出て、なおかつ活字中毒症状が出て死にそうになります。
歴史とか神話とか宗教とか大好きです。
哲学無き人生は無意味。とか言ってみる。

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